中山道 徒歩旅10 蕨宿から浦和宿へ

名も無い水路が蕨市とさいたま市の市境になってる

浦和市、大宮市、与野市、岩槻市の4つが合併されて、さいたま市になったようだけれども、ひらがなの市名ってどうなんだろ。

市が変わったらまずはマンホール。
・・・マンホールの話ばっかりしてるのは、見るべきものがほとんど無いからなのです。。。
こちらは旧浦和市の市章の雨水マンホール。
ちょっと雨にぱらっと降られて、黒い点々がついてますが。。
そして、旧浦和市の市章を調べてたら面白いブログが。
http://blog.livedoor.jp/usanagist/archives/6044857.html
旧浦和市、旧大宮市、旧与野市、色々と揉めてるらしい。ウケる。
翔んで埼玉って映画も2月に公開されるみたいだし、熱いのかしら、埼玉。

辻一里塚跡

昔、辻地区は湿地が多く村人たちは大変難儀をした、と。
そしてこの碑には、辻一里塚弁財天保存会会長と浦和市議会議員の名前が。
大抵こういうの、教育委員会か地元の歴史を語り伝える団体が作ってるけど、なんだろうな、この感じ。

でかいコンクリートの塊、外環自動車道をくぐる。

旧浦和市の花、さくら草のマンホール。

県南水道のマンホール
浦和市、与野町、大宮町、三橋村、六辻村が共同で水道事業を立ち上げたとの事。現さいたま市水道局。
さいたま市、なんか色々不思議な町。

もういっちょ、県南水道の仕切弁

六辻町道路元標

こういうくねった道がほんのり旧街道の香りを残す。
そして、サッカーボールのマンホールと用を成さないガードレール。
旧街道あるあるは、道幅が狭いくせに交通量が多い。

焼米坂で大宮台地を登っていきます。

古そうな民家の軒先に井戸ポンプが

浦和区文化の小径、関元屋
店先の井戸は、「お助け井戸」と呼ばれ、関東大震災や東京大空襲で逃げ延びた人々の喉を潤しました、とのこと。
今でも使えるんだろうか。こういうのあるといざという時、良いよなあ。