中山道 徒歩旅12 浦和宿を過ぎてさいたま新都心へ

浦和駅西口側を通り抜けていきます。

さいたま市のマンホール。
まず中央にさいたま市の市章。
上半分に市の木、けやき(旧大宮市の市の木がケヤキ、旧浦和市の市の木がモクセイ)
下の右側に市の花木、さくら(旧大宮市の花がサクラ)。市の花じゃなくて、市の花木、か。。
で、下の左側に市の花、サクラソウ(旧浦和市の花がサクラソウ)。
色々ですな。。。

んー?
浦和レッズ優勝したの、2016年だった。
まあ、とにかく、浦和あげて応援してるんだなー、と実感。

道路の電飾もサッカーボール

浦和宿二・七市場跡

説明板が読めない。。

浦和の市場は戦国時代に開設されたものと考えられ、天正18年(1590)には豊臣秀吉の家臣である浅野長吉から喧嘩口論を禁じた「禁制」が「浦和市(うらわいち)」に対して出されています。浦和市は月六回開かれる六斎市と呼ばれるもので、毎月二と七の日に開かれたため(2日・7日・12日・17日・22日・27日)、「二・七市場」といわれています。
江戸時代、十返舎一九は「代ものを 積み重ねしは 承認の おもてうらわの 宿の賑い」と詠み、うわらの市の賑いを表現しています。

(中略)
周辺では、蕨(一・六の市)、鳩ヶ谷(三・八の市)、与野(四・九の市)、大宮(五・十の市)で市が設けられており、毎日どこかで市が開かれていたことになります。

あまりに読みづらかったので、書き起こしてみた。
まあ、浦和で市場が開かれていたとの事。

旧浦和市のマンホール
中心に浦和市の市章、回りは浦和市の花のサクラソウ。
どうやら、旧浦和市に国指定特別天然記念物のサクラソウの自生地があるみたいだね。

サッカーのまち浦和 We are REDS

選手の手形だとか足型が飾ってある。
真ん中にはレディアくん。
今、HPでレディアくん見たら、緑色なのね。

交通情報の電光掲示板に旧中山道の文字が。
実際の名前になってるのかな。よく分かんない。

さいたま市消防局の防火水槽のマンホール。
真ん中の30は容量30トンという意味らしい。

遠くに見える大きいビル。日本郵政グループさいたまビルらしい。
史跡らしいものもあるんだか無いんだかな感じで、さいたま新都心に差し掛かっていきます。