中山道 徒歩旅18 さいたま市の水準点と南方神社と庚申塔

間違えて17号を歩いていたところ、旧宮原村道路元標で旧中山道に復帰

近くには、ドイツ連邦共和国リュップケ(ハインリッヒ・リュプケ、らしい)の記念樹と

水準点が。
水準点の置かれてるところって、将来的に残り続けるであろう場所なんだけど、なるほど、道路元標と記念樹の間。
しかも、この、ハンリッヒ・リュプケってドイツの大統領、もともと測量技師なんだって。
なかなか気が利いてる。
しかし、やっぱり、「大切にしましょう 水準点」って、誰に何を訴えかけてるのか分からなくて、笑ってしまう。


小学校に古そうな木が

大宮市の指定文化財になっている宮原小学校のセンダン
でも、樹齢は100年ぐらいみたい。
それと、幹がえぐれてて、大丈夫かしら、と思ったのだった。

南方神社
吉野村の鎮守の神様。

恐ろしく脱線。
「鎮守」って言葉を初めて知ったのが、子供の頃に聞いていた(家にあった童謡のカセットテープだと思う)「村祭」って歌で
♪村の鎮守の神様の 今日はめでたい御祭日
って、これなんだよなー。
で、私が小中学校を過ごした町は、いわゆる、戦後の新興住宅地で、鎮守の神様なんて生活の中にいなかったんだよ。
そこに、「鎮守」のイメージを与えてくれたのが、はっぴいえんどの「夏なんです」で、
♪鎮守の森は深緑
っていう、・・・これはホント、はっぴいえんどのちゃんとしたレビュアーがきっとどこかで書いてると思うんだけど、田舎の埃っぽい道から、突然、ドローンの高度がきゅーっと上がるみたいに、鎮守の森は深緑、っていう、この展開が大好きで。
脱線に脱線を重ねていますが笑
そこで、自分の中でなんとなく、「村の鎮守の神様」のイメージが出来上がっていて、で、鎮守の神様なんだー、って思うと、突如、ありがたいなぁ、という気持ちになるのです。

南方神社由緒
諏訪大社を勧請したもの、ってところに、中山道の気配が。
中山道、諏訪大社、通るものね。
この村の人がそこを通った時、何か、啓示を受けたのか、分からないけど、諏訪大社の分社をここに作る。

由緒板にある1830年に納められた手水鉢

そしてまた歩いていくと、 青面金剛の庚申塚が。

ほどなく、上尾市のマンホール。
なるほど、あの場所が、吉野村の入口だったのかな。あそこで、夜通し村の人たちが飲み会をしていたのかな、と思ったり笑
そして、この、上尾市のマンホール
こちら、市民の木、アオキらしい。

そして、上尾市へ