中山道徒歩旅45 堀辰雄文学記念館

軽井沢を観光しつつ、旧軽井沢から中軽井沢(沓掛宿)は歩いたので、佐久平を目指して歩いていきます。

中山道歩きも、前回、松井田まで歩いたのですが、書ききれておらず。。とは言え、ちょっと、鮮度高いうちに、キャンセルできない宿を取った軽井沢ま...
その時の模様はこちら

別荘街を歩いていきます。
そういや、この前のマツコの世界、軽井沢やってたねー

個人宅にも看板が。
自分の家に行くのに迷っちゃうんだろか。

雨上がりの青空。

町内巡回バスの行き先が、病院と公民館。
そして、割と本数が多い。
・・・いや、この日歩いてたら、ごみ出すのに車で来てて、へぇ、ここの町は、意地でも歩かない町なのか、と思ったのだった。
みんな車持ってる感じするけども。

朝ごはんに、コンビニでわーい!峠の釜めし!!って思って買ったんだけど、これ、全国で発売されてるっぽいね。
普通に美味しかった。

軽井沢西部小学校。
校門の横、すり抜けられる。おおらか。。。

突如、標高の看板が。
標高1003m。
東海道の一番標高が高いところは、箱根峠で830mぐらいなのかな。
それに比べればずいぶんと高い。
・・・その、登るところ、うっかりバスで来ちゃってるからなぁ。。。

中山道と北国街道の分かれ道となる、信濃追分。
右側の道に入っていきます。

追分宿では、追分宿郷土館と堀辰雄文学記念館にお邪魔する。

堀辰雄文学記念館の気持ちのいいエントランス
館内は撮影禁止だったので、写真は無く。。

しかし、、、堀辰雄の出自が若干複雑で、お父さんが広島藩の武士で、正妻は国元にいたけど子が無い、と。
で、東京でその堀浜之助と西村志気(堀辰雄のお母さん)の間に生まれて、堀家の嫡男だった。
そして、正妻が上京する、となったときに子供を取られるのが嫌で家出した。
その後、お母さんは彫金師の上條松吉と再婚する、と。
。。。
自由なのか、自由じゃないのか。
それとさ、肺結核の療養で、八ヶ岳なり軽井沢なりに来る人たち、めちゃくちゃお金持ちらしいのよ。
・・・堀辰雄の療養費はどこから出てたんだろ。
そもそも、広島の藩士に嫁ぐような家だから、お母さんも名家の出だったのかな。
いやまぁ。軽井沢の成り立ちとして、恐ろしくスノッブなのよね。。。

水準点、大好き!