中山道 徒歩旅6 本郷から巣鴨を通り板橋宿の遊郭を思う

本郷の追分を背に東大を撮る。
立派な並木!
ここで、岩槻街道(日光御成道)と中山道が分かれる。

旧町名案内。
駒込東片町
江戸時代より前は、駒込宿の名があり、宿場だったとのこと。

東洋大学。
建物が繋がってて、ダンジョン感ある。

初めて来た、巣鴨。
ずいぶんとそっけない駅舎。

中山道はタネ屋街道。
この辺りで旅人が種を求めることが多くて、種屋さんがあったとのこと。
一面の畑だったんだろうなぁ。

お年寄りの原宿、巣鴨地蔵通り商店街。
へぇ、ここ、中山道だったのか、と。知らなんだ。

とげぬき地蔵で有名な高岩寺。思ったより人がいなかった。
そして、別に今、悪いところ無いしなぁ、行列もできてるし、と思ってお地蔵様を洗うのはスルー。

赤いパンツ、280円。
買っても良いんだけど、買ったところでなぁ、と思い、これもスルー。

インタビューを受けるおばあちゃん。
銀座でもおばさまがインタビュー受けてるところ見たけど、こういう分かりやすいところはいつもどこかでこういうのやってるんだろうなぁ。

都電荒川線の庚申塚駅。

滝野川種苗
へぇ、”タネ屋”が残っているんだー、と感心する。
調べたら明治5年創業だった。

中仙道踏切で埼京線をまたぐ。

旧中山道の看板。
旧東海道と違って、実際に旧中山道、っていうのが道路の名前っぽかったんだけどどうなんだろ。

首都高をくぐって板橋宿へ。
なんだろうこのウサギは。

この庚申等は寛文元年(1661)に造立されたもので、青面金剛像が彫られたものとしては都内最古なのだとか。

あんまり上手な彫刻じゃないけども笑

街道筋にあるあるなポケットパーク

板橋宿の北に加賀藩下屋敷があったことから、金沢市と友好都市になっているそう。
友好都市って具体的に何するんだろうね。

”板橋”の地名の由来にもなった板橋に。
鎌倉とか室町の頃から、ここら辺は「板橋」と呼ばれていたのだそう。

石神井川を渡る。
で、そうなると、石神井川は鎌倉時代からあったのかな、ということが気になって、wikipediaで石神井川を調べちゃうんだけど笑

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E7%A5%9E%E4%BA%95%E5%B7%9D

昔はここら辺、渓谷だったのかな。
確かに流路は蛇行してるし、人口な感じしない。
そういう「感じ」が出来ていくのが、街道歩きの楽しいところ。
・・・ブラタモリをきっかけに歩き始めたのですが、高低差、ほんと気になるようになりました笑

そういえば、気になったこと。
日本橋から1つ目の宿場町、品川みたいに遊郭になってたのかなぁ、と思ったら案の定そうだった。
(宿場があれば、飯盛り女がいるわけで、で、板橋、そんなに泊まりたい旅人いるんだっけ?っていう)
https://blog.goo.ne.jp/fuw6606/e/d5b6b0d85b676acc8a5a67ac4c5800a6
投げ込み塚なぁ、、、
上記のブログで、遊女は牛馬と同じ扱いだった、って。。。
多かれ少なかれそうだったんだろうなぁ。。
https://edo-g.com/blog/2016/02/yujo.html
おーーー、ここのブログ面白い。
そして、何ていうか、、、
遊女の扱いは本当にひどいんだよなぁ。。
・・・と最後にもやってしまった。